下車坂から南町奉行所まで
いい時代劇を描くために、歩いてみました。
上野の山の高札場の付近から出発です。
江戸切絵図と現代地図を片手に、リュックとウォーキングシューズで南町奉行所のあった場所までいってきま~す。
途中、上野広小路にある「うさぎや」。どらやきや最中、和菓子のお店。
切絵図では筋違橋の辺りです。流れる川は神田川。約二百年前、両隣にあるビルは柳原という名称の土手でした。
土手にあった「柳森稲荷」。ここから見える富士山は柳森富士と呼ばれていたそうですが、今は見えるのはビルだけです。
途中、「ホットケーキを焼き続けて70年」で有名なフルーツーパーラー万惣を発見。うわ、分厚いホットケーキの写真っ、食べたいっ!
・・・か、帰りに寄ろうかな、、なんて考えながら、なんとか誘惑を振り切り、
小伝馬町の牢屋敷跡を目指して歩きます。
地図を見ながら歩いていると、パーキングのチェックをしていた係員の男性が
「あっちだよ」と指差して教えてくれました。
え、どこに行くかも知らないのに?
きっとこのあたりをウロついている輩はだいたいアレが目当て。というのをご存知なのでしょう。
素直に指差された方に歩いてみると公園があり、入ってみると、日本橋石町にあった時の鐘に遭遇。おぉ。こんな所に移動していたのだね。
時計もなく、車もなく、電車も走っていない時代に生きた人たちの感覚を知るために少し立ち止まってみました。
・・・静かだったろうな。
物の怪たちが、異世界ではなく、同じ世界の住人として存在している感覚が少しそばに来たような。。。
太陽のちょっとした日差しの変化で、時間や天気がわかったのでしょう。
そう思うと、時計がなくては時刻がわからず、天気予報を見なければ天気の変化がわからない今の皮膚感覚に唖然。どれだけ遠くに来てしまったのでしょう。
牢屋敷跡はお寺になっていました。
金座跡にあった日本銀行。その向うに聳えるのは三井タワー。
日本橋三越の玄関口。ライオンと暖簾。ユニーク。
延宝元年(1673年)に三井高利が開いた越後屋の暖簾では絶対ないけれど、それと関連づけて面白がってしまいました。
それにしても出歩いている人が多かったですね。
前から年末のこの日に町奉行所跡まで歩こうと決めていた理由は、「人が少ないだろう」という希望的観測からだったのですが、大ハズレ。
街全体、通り全部が新しい年を迎える活気で賑わっており、歩いている私もしばし足を止めて、ウインドウショッピングを ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
日本橋を渡り、八丁堀を目指します。
八丁堀は奉行所の町与力や町同心たちのが住んでいた場所。近くでは家族そろってお餅つきの光景も。
八丁堀から奉行所までは近いのですね。
地図を見て「近そうだけど、、、」と思っていても、実際歩いてみると坂もなく、ひとっ走りの距離でした。
南町奉行所跡。
「こ、これだけ・・・」
目の前はJR有楽町駅です。
すぐ隣はイトシアというショッピング施設。今日も地下にあるクリスピードーナツのお店は行列を作っていました。
出発地点の上野下車坂からは約2時間の距離。
史跡があればぶらぶらと足を止め、寄り道をしたので、目的が奉行所ならばもっと早くついたことでしょう。
江戸時代の切絵図とすかしてもそう大差のない真っ直ぐな道だったので、迷わずに行けました。
発見がたくさん。また時間を見つけて歩きたいな。






















早朝、スキー合宿へ向かう息子を乗せたバス。




新しい携帯電話を購入しました。




















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